しました。
『“エスプラナード赤坂通り”のエスプラナードとは《貴族の散歩道・高貴な避暑地の遊歩道》と言う意味です。是非ともこの通りに、皆様方のような紳士淑女達が集うことを願います』名称の由来です。
いつも賑わっていて、素敵な商店街でした☆
元赤坂を目指して246青山通りを渡りました。
246を渡るとすぐに「SUNTORY」があります。
少し進むと、創立80周年の「前田病院」があります。
駅から近い病院は、有難いですね☆


また少し進みますと、大好きなマークが見えました☆
あの高級和菓子屋さん「虎屋」さんの工場です!
リニューアルオープンしたお店は、とても素敵でした☆
戻りまして、虎屋工場のお隣に「サトウ製薬」がありました。
元気になりたい時にお世話になっているあのドリンクの
イメージが強いです。


少し進み左に曲がると、「弾正坂」があります。


弾正坂を上ると、青山通りが見えてきます。
道路向かいには、「赤坂御用地」が見えます。
緑が美しいです☆
「豐川稲荷」があります。




豐川稲荷は、芸事の御利益があるそうで境内には芸能人が納められた
提灯が一面にありました。ファンの方々が提灯を写真撮影してました。


子授かり運の「子だき狐」小さな狐を抱きしめています❕


お金に困ることが無くなる!「融通稲荷尊天」です。
一年後にまた、御参りします☆




「 叶稲荷尊天」は悪縁と厄災を断ち切ってくれて、良縁をもたらしてくれる
そうです。


「弁財天」です。琵琶を抱えているそうです。
芸事の御利益があります☆
お金を洗うと何倍にもなるらしいです☆


「 豐川稲荷」は、曹洞宗の寺院なんです。
「豐川稲荷」は正式名を「宗教法人 豐川閣妙嚴寺」と称し山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。
一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多いと思われますが、お祀りしてますのは鎮守・豊川ダ枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)です。 七福神にも守られている、豊川稲荷を後にしました。
「九郎九坂」です。


元赤坂の一ッ木赤坂といわれた元の集落は、永田町交差点のあたりにありました。江戸城の拡張によって“見附門”が設置されることとなり、赤坂見附交差点の西側に代地が与えられました。
このとき、赤坂下の最も古い町を意味する“元”を冠につけたことで元赤坂となりました。また赤坂の中心地名は江戸時代初期に発祥したといわれていて、現在の元赤坂付近に町屋、武家屋敷が造られたのを皮切りに次第に市街化していき、現在の街並みとなりました。
現在元赤坂1丁目には、SUNTORYやサトウ製薬、前田病院、豐川稲荷があります。また元赤坂2丁目は大半が皇族関連の施設となっており、赤坂御用地が広大に広がってます。
都心の中心部にありながら緑が深くとても美しいです。
元赤坂1丁目 206世帯 人口 313人
元赤坂2丁目 166世帯 人口 312人
計 372世帯 625人
学区
元赤坂1丁目 全域 港区立赤坂小学校 港区立赤坂中学校
元赤坂2丁目 全域 港区立赤坂小学校 港区立赤坂中学校
元赤坂へは
よりお越しください☆
元赤坂は、赤坂用地の緑を愛でて豐川稲荷の七福神や沢山の白狐に出会えて感動しましたが☆豐川稲荷は禅寺でありますのでお参りするだけではなく、御仏の教えにしたがい、正しい信仰生活を送ることを宗旨としているとの事なので、襟を正して一日一日を大切に生きる事が、幸せな気持ちでいられるのではと気づかされる街歩きでした☆